江談抄　第三　５０段 葉二は高名の笛為る事 大江匡衡様がおっしゃいました。葉二（はふたつ）は高名の横笛である。朱雀門の鬼の笛と名付けられたのはこの笛のこと。浄蔵（じょうぞう）聖人が笛を吹きながら真夜中に朱雀門を通ると、鬼がその上手さに感動して大声を出したとか。それで、この葉二の笛を浄蔵聖人に与えたらしい。その後、笛は色々な人に伝えられ、入道道長殿が持っていた。後一条天皇が在位のときに、蔵人を遣わせてこの笛をもらおうとされた。その蔵人は葉二が笛の名前だということを知らず、ただ「‘はふたつ’を帝にお渡しください」と言うと、道長殿は「どんな事でも帝の仰せには従うべきですが、歯二つは無くなったら困るなぁ。もしかして、この葉二の笛のことかな？」と言って献上したのだとか。 ＜原文＞ 又被命云、葉二者高名横笛也。号朱雀門之鬼笛是也。浄蔵聖人吹笛、深更渡朱雀門、鬼大声感之。自爾此笛乎給件聖人云々。其後次第伝之在入道殿。後一条院御在位之時、以蔵人某召此笛。蔵人不知笛名、只はふたつ参らせさせ給へと申ニ、入道殿、何事モ可承仁歯二こそえかくましけれ。若此葉二歟ト天令進給云々。 この前々段、に（横）笛の名器の名前が挙げられている。 「大水竜（おほすいろう）。小水竜（こすいろう）。青竹（あをたけ）。葉二。柯亭（かてい）。讃岐。中管（ちゅうかん）。釘打（くぎうち）。庭（ていきん）。」 竜、というのは龍笛ということなんでしょうかね？管が大きく、音が豊かで水中の竜の鳴き声のような音だから「水竜」なんだそうです。「おおすいろう」が「おおすういろ」に見えたあなたは私と同郷のはずです（笑） 葉二について、「枕草子』89段に 御前にさぶらふ物は御琴も御笛も皆めずらしき名つきてぞある。（中略）水竜、小水竜、宇陀の法師、釘打、葉二、なにくれなど。 父・一条天皇もかつて葉二を所有していたようである。 同段には、一条天皇の琵琶として「無名（むみょう）」が登場するが（もともと89段は、この無名をめぐる定子と清少納言のやりとりがメインなのですが。）、『江談抄』第三巻60段には、上東門院が無名を宝物として所持していたが火事で失われたとある。おそらく、寛仁元（1017）年の土御門第焼亡のことではないか、と思われます。『栄花物語』によると、その時に宝物が全て焼けてしまったとの記事があるので。 葉二の、道長の前の持ち主は『御堂関白記』寛弘7（1010）年正月11日条によれば 従華山院御匣殿許得横笛、歯二。只今第一笛也。 花山院御匣殿のもとより横笛歯二を得る（歯二と書いてるってことは、「歯二つ」というのは親父ギャグではなく、本気で間違えてたんだろうか。天然？まさか、日記にまで親父ギャグを！？）、花山院御匣殿（花山法皇の愛妾、中務）が持っていたらしい。第一の笛であり一条天皇のところにあった葉二が、どのようにして中務に伝わったのか？ 中務の娘、平平子は母と同じく花山法皇の愛妾であり、花山法皇の皇女の一人が彰子に出仕していたというのは、この平子が産んだ皇女ではないかと考えられることから、彰子と中務・平子の間に交流なり縁故なりがあって、その筋から渡ったのだろうか？？？いや、寛弘7年の時点でまだ一条天皇はまだ生きてるし・・・。単純に一条天皇と中務に交流があったのか、一条天皇の前の持ち主が花山天皇（1008年崩御）で、愛人に形見としてあげたのか。うーん、わかりません。誰か教えてください。 　また同じ日に、中務以外の人からも琴や筝をもらっている。4日後に敦良親王の生後五十日の御祝があったので、その関係であり、当日には五十日の儀の後、一条天皇にそれらの楽器を贈っている。『枕草子』のこの記事がいつ書かれたものかは知らないが、これ以降に一条天皇が所持していた・・・ということであろうか？ 後に、葉二は宇治平等院の宝蔵に収められたそうである。ちなみに『十訓抄』には、道長ではなく頼通の話として載っている。 宇治殿、葉二といふ笛を伝へ持たれりと聞こしめして、内裏よりある蔵人して、かの笛を召されけるに、御使は、御はふたつ、召しある由ばかりを申して、笛といふことを申さざりければ、老後に歯二つ、召され候ふこと、術なき由、御返事に奏せられたりけるも、一つの不思議か。 頼通が老後ということは、笛を召そうとした天皇は後冷泉か、結局笛を渡さなかった事を考えると後三条なのか。後一条天皇崩御後、葉二を持っていた頼通のところに「くれ」と。後一条天皇は道長から葉二を手に入れたのは事実として「歯二つ持っていかれたら困る」と言ったのは道長ではなく、後年同じような体験をした頼通だったのか、単に『十訓抄』の書き間違いか。しかしながら、『十訓抄』より『江談抄』のほうが成立が時代的に近く、また『御堂関白記』に「歯二」と出てくることから、道長と後一条天皇の話と考えたい・・・。（もしくは、『御堂関白記』に歯二と書かれている事からの作り話という可能性もなくはないような気がするが。）道長は後一条天皇が満19歳の時に亡くなっており、これは若い天皇がおじいちゃんに「ちょうだい」とおねだりしたというかわいい（・・・20代も後半になってくると、中学生男子でも高校生男子でも男子学生でも「かわいい」と思うようになるのですよ・・・。）エピソードとして捉えたいと思う。 最後に、青竹については『続教訓抄』（鎌倉時代の雅楽書）に 青竹ハ会宴ノ事ニ用ラル。（中略）菩提樹院ニ後一条院ノ御影ヲカキタテマツリタリケルニ、御傍ニ笛ヲヲカセ給タルカタチカキマイラセタンナルハ青竹ガ形ナリ。 つまり、菩提樹院（後一条天皇の墓所近くに建てられた堂）に後一条天皇の肖像画があり、それは後一条天皇の傍に笛が置いてある絵だった、その描かれた笛のモデルは青竹であった、と。よって、青竹も（一時期）後一条天皇の所持品であり、愛用していた可能性が高い。