『大鏡』（伊尹伝）より 後一条天皇がご幼少でいらっしゃって、人々に「玩具を持ってきて」とおっしゃられたので、皆は金や銀などさまざまに考え工夫を凝らして、どんなことでもしたいと風流な様を出して、それを持って集まって来たところ、藤原行成殿はむらごの紐をつけたコマを献上なさったので、帝が「不思議な形の物だね、これはなに？」とお尋ねになられたところ、「こうこうこういう物です。回してご覧になってください。面白い物ですよ。」と申し上げたので、紫宸殿にお出ましになられて回すと、とても広い御殿の中を残らずくるくる回って動いていったので、とても面白がられて、これだけをいつも見てお遊びになられたので、ほかの物はしまったままになってしまった。 ＜原文＞ 帝幼くおはしまして、人々に、遊び物どもまゐらせよと仰せられければ、さまざま、金銀など心を尽くして、いかなることをがなと、風流をし出でて、持てまゐりあひたるに、この殿はこまつぶり、むらごの緒つけて奉りたまへりければ、あやしの物のさまや、こはなにぞと問はせたまうければ、しかじかの物になむと申し、まはして御覧じおはしませ、興ある物になむと申されければ、南殿に出でさせおはしまして、まはさせたまふに、いと広き殿のうちにのこらずくるべき歩（あり）けば、いみじう興じさせたまひて、これをのみつねに御覧じあそばせたまへば、こと物どもは籠められにけり。 後一条天皇が幼少、つまり天皇になってから且つ元服前ということで、九〜十歳のときのことであろう。 当時は一条院が里内裏で、「南殿」は一条院の寝殿がそれに当たる。 今では「コマ」といえば、紐を巻いて回す「投げゴマ」や、指や両手でひねって回す「ひねりゴマ」が一般的かと思いますが、平安時代のコマは「ぶちゴマ」または「たたきゴマ」と呼ばれるタイプの物だったようです。 下の方は円錐なのですが、胴が長くなっており、その胴の部分を太めの紐でたたいて回すらしいです。 それなら、ずっとコマを追いかけてたたいていれば、御殿の中をずっと回り続けるのも可能でしょう。 コマをうまく回せるように練習して頑張りたいという気持ちや、できるようになる喜び・達成感は 金や銀の細工が施された豪華なおもちゃ（って何だろう？）でも勝てないことでしょう。 原文は、本当は抜粋した部分より前に行成の性格を褒める文がありましたが、訳すのが面倒なので省略してあります。 現代語訳は「いかなることをがなと、風流をし出でて」のところ悩みました。たぶん、大筋では間違ってないんじゃないかと・・・。本文を写した本（ちなみに原文からはかぎ括弧「　」を消しました。）には「なんとかお気に召すものをと」という感じだったと思いますが・・・。現代語としてスムーズに読めるよう、逐語訳はしていませんが、助詞の訳し方は気を付けたつもりです。この文、これで一文なんですよ！句点「。」が最後までついてない！